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2017-05-27 [イラスト]

私は週末がやはり一番うれしいです。

理由は簡単で自分の絵が描けるからと、体を休めることができるから、鍛えることもできるし、何より気楽でいられるからです。

でも正直最近は土曜の7時だというのに、もう7時になってしまったという焦りばかりです。

もっと絵がうまくなくてはならない。

そういう思いから週末はとにかく何かしら絵について自分にとっても得るものがないと不安でしょうがなくなります。実際はそんな簡単に得られるものはありません。

なんで絵をうまくなくてはならないという風に思っているかというと、もちろんご覧いただいた人にもっと楽しんでいただきたいとか、凄い人たちに認められたいとか、そういったことがいろいろとあるわけですが、

正直今現在のもっともの不安の種はそうしないと生きていけないからということが強くあります。

私は派遣社員ですのでいつ契約が打ち切られるかわかりません。

全ての会社、すべての人がそうというわけではありませんが、今の会社の価値観は利益というところに最重点していると思います。

利益ができたから面白いものを作った。社会に貢献した。社員のためになった。会社の経営が正しかった。社員も満足している。

そんな風にすべてを利益の副産物のように考えている風潮になってしまっていると思います。

どんなに頑張ろうと、朝早く来て遅くまで残って、休み時間も取らず、もちろん遅刻欠席もせず、自分の時間も費やしたとしても結果が出なければ、利益が出せていなければそれは全く評価されません。

むしろ無駄としか捉えてもらえません。

そんなに簡単に利益を出せるようになれるのであればだれも苦労はしません。

頑張って苦労してもなかなか結果は出せないけれど、その積み重ねによって培われたものこそのちの大切な力になるのだと私は思っております。

しかし今のほとんどの会社の風潮は人もコストとして考え、コスパの悪いものは改善する、要はきるとそういった考え方が強くなっていると思います。

耳に聞くのは効率化、コストカット、節減、時短、工数削減、そんなことばかりです。

ほとんどが成長とは逆のことです。一般化、汎用化という方向性です。

中身も見ず、自分たちの価値観も疑わず、利益だけが正義でその追及こそが会社の王道。

まあしかし私がどう思おうと、それに従うしかないのが現状です。

そういった考え方もあるのは理解できてもそれに同意する気には全くなれません。

少し話はそれましたが、私がどんなに頑張ろうともろくに成果を上げられないのでは切られてしまうことは目に見えて分かっております。

それをつくづくと感じるからこそ、実際にそう考えていることが分かっているからこそ、もっと絵を向上させなくてはなりません。

もちろん私自身の絵をかく理由を見失うのが一番問題で、やはり私はご覧いただいた人が楽しんでいただけたことがすごく楽しく感じます。人に認められたいという何ともちっさい欲望も結構ありますが。

そのためには絵を描き続けなけらばならないし、絵をかく続けるためには生きていかなければならないし、仕事で絵を描けるのがそれに越したことはないしでやはり会社に残っていくためにももっと頑張らなくてはなりません。今は。

私の実感としてもう休日が終わってしまうような感覚でいっぱいですが、とにかく土日精いっぱい描き続きていきたいと思います。

2017-05-14 [イラスト]

何がベストなのか?

正直一生分からないと思います。

今やっていることはもちろん、過去のことも実際はわからないと思います。

あの時ああしていればよかった・・・

それはいつでも思うことですが、それでも色々な経験をするにつれあの時ああすればよかったと考える事柄すら変わります。

具体的に言うと5年前に取り組んでいたイラストを見てその1年後つまり4年前にああしておけばよかったと思う内容とそのイラストを描いてから2年後現時点から3年前に思うことは変わっているなんてことはよくあります。

だから今ああすればよかったと思っても未来ではまたああすればよかったという内容が変わると思います。

ベストはいつまでたっても分かりません。

でもベター、その時にできることやるべきこと、そういったものは選択できるのではないかと思います。

大切なのは何がベストかわからずとも、最善を常に考え、向上を常に考え、色々なことに疑問を持ち、しかし信念を持って取り組むという矛盾かもしれないけれど、そういう気持ちで取り組むことが大切なんだと思います。

失敗することは多々あると思います。

それこそ自分の仕事や取り組むべきことについても、それとは関係ない人間関係、些細なこと、生きていればありとあらゆることについて。

でも大切なのはそこでの経験を今後にどう活かすか?失敗を自分の向上の糧にすることだと思います。

もちろん成功も糧になるし、だから常にそれらを成功も失敗も認め、そこからさらに自分自身を向上することを考えることが大事なんだと思います。

うまくいったこともうまくいかなかったことも、自分にとって都合の良いことも悪いことも、素晴らしい現実も目もそむけたくなるような現実も、それらに真剣に向き合って、そこから自分で為すべきことを必死に考えそして自分自身の責任をもって決断すること。

それが人としての歩みの王道というか、正しい道の在り方のような気がします。

色々なことに挑戦し経験し、少しづつでも自分を向上できるように、自分をしっかりと見つめ、他人もしっかりとみつめ、できることすべきことを精いっぱい取り組んでいきたいです。

2017-05-03 [イラスト]

久しぶりに中野剛志さんを動画で拝見しました。


「デフレ」がいかにまずいか?デフレの脱却方法について述べられておりました。

初めて中野さんを拝見してからもう6年もたちました。

意見は全く変わらず且つ、より深いむずかしい話になっていました。

意見もそうですが、中野さんのなんというか社会に対する向き方、生きる姿勢が全くブレていないところにやはり人と違うすごみがあるように感じました。

ただ本当に根本的な意見は昔と全く変わらず、同じような勉強会を今の内閣にいる人たちにもしていることを振り返ると、中野さんのやっていることは必ず人の心に(心を持った人に限りますが)伝わる素晴らしい抗議だったと思いますが、しかし今の政治家には絶対に伝わらないでしょう。

それこそ誰一人として本質を知ろうともしないし、知ったつもりで偉ぶっているだけが関の山でしょう。

もし中野さんがおっしゃっていることを真剣に考え、行動しているのであれば、党の意見とか、世間体とかそんなことがばからしくなるくらいまずい状況になっていることくらい理解できるはずです。

はっきりといえば、自分がたとえ犠牲になってもそれでも行動を起こす、それくらいの危機感を感じるはずです。でもそんな人ひとりもいないことから誰も理解はしていないし、本気に理解しようとも思っていないでしょう。

この動画について私の良く拝見しに行くブログ「国家戦略特区」blogの執筆者様が面白い意見を述べられておりました。

三橋貴明さんの生産性向上についての疑問について述べられておりました。

私もその意見については疑問の思うことがあって、生産性向上のために色々なものをオートメーション、コンビニの自動レジ清算とか配送のドローン化とかそういうことが必要になると述べられておりますが、私はその意見については疑問に思うことがあります。

確かに来たるべき人手不足状態にはそういったことが必要になると思います。

でも何でもかんでも機械になって、自分自身の力で何もできなくなっていく様はむしろ退化になるような気がしてなりません。

すべて機械頼みで、機械の言いなりで、思考停止状態、今ある当たり前への感謝、自然への敬意と畏れ、そういったものがどんどん失われてしまうように思います。

私はまず人の価値観というかそれがあってはじめて健全な方向に向かうのではないかと思っております。

確かにやるべきことはしっかりとやるべきだと思います。

しかしそのために方法を選ばないといった結果主義になってしまえば当たり前ですが、まっとうな方向性は失います。

立派に生きるために手段を択ばない。それはすでに立派ではないことになっているのと同じことです。

西郷さんは武士であるために死を選びました。そういった志も必要だと思います。

本当に思考停止に陥らないためには自分でできることそれは自分自身がしっかりとやり経験することがとても大切だと思います。

先日「リトルウィッチアカデミア」の制作動画を拝見しました。

アニメーターの皆さんは鉛筆と紙でひたすら絵を試行錯誤、何度も何度も描き直して作っていました。

私はデジタルで描いていて、自分がいかに横着しているのか、自分自身の絵乗り組み方など色々なことに恥ずかしさを感じました。

そうやってかきあげた動画は大変素晴らしいものでした。

手描きだからこそ表現できるもの、自分自身が描いて経験すること、それこそ線一本のひき方すら学ぶところがあると思います。手描きならではの強弱だったり、濃淡だったり、デジタルでは考えられないようなパースであったり、世界観であったり。

デジタルしか使ってない私は別にデジタルを否定するつもりはありません。正直それ以外に描く方法が(仕事として)ありません。

ただやはりこういった自分自身の力でやり遂げるからこそ得られるものは貴重でとても大切なものだと思います。

そこからまっとうな価値観であったり、思考、想像力が育まれていくのだと思います。

デフレ脱却が必要なのはそういった大切なものを破壊するような危険なものだからであり、なんでもかんでもロボットだのAIだのにやらせてしまっては人間が人間でなくなってしまう気がします。

現状日本は亡国に行く以外の道がないように思っております。

北朝鮮のことについてほぼすべてのメディアやそれに出ている人たちが中国だのロシアだのアメリカだのが頼りみたいな雰囲気で私は正直恥ずかしく、死にたい気持ちにすらなりました。

どうして自分たち自身で解決してやるくらいの気概を持てないのか。

でもたとえどうなろうとも自分自身では簡単に死ねないわけで、だからこそとにかく自分のやるべきことできることを全力でやって、常に自分を戒め生き切ろうと思います。

久しぶりにちょっと長い文章を書きました。連休ですからたまにはいいかなと。あとはとにかく絵を描きます。この休日を後悔せぬようひたすら描きます。頑張ります。死ぬ気で全力一生懸命頑張ります。


2017-04-29 [イラスト]

今ある日常が当たり前にあることがどれだけ幸せか?

私はそれを常に戒めようと心がけております(実際は危機意識の薄い、稚拙極まりない人間ですが)

たまに、電車が大幅遅延したり、ものすごい雨や、停電が起きたり、水が止まったり、そういった時につくづくそれは実感することで、本当にただの日常がありがたいものなんだなぁと思います。


もし何か幸福であったり、生きている実感、やりがいを感じたいのであればそれは人がどうこうするものでなく自分自身で経験したり、そのために事を為したり、尽力したりと、人からもたらされたものは一過性でそれではどうせ満足も何もないのだと思います。


日常があって、その中自分が納得いくような判断と行動を起こすことこそがもし何かを得たいのであるなら必要で、やはりそれは普通に過ごせる日常があってこそだと思います。


その日常が常にあるわけではございません。

ちょっとしたことで取り戻せなくなってしまうかもしれません。

それこそ自然災害を含め、どっかの国がミサイルを撃ち込んできたらその日常がなくなってしまうことは普通にあることだと思います。

だからこその日常を守るためにすべきことがあるのだと思います。

本来最も尊ばれるべき仕事である政治家は今みんな子供で誰かから褒められたいがために政治家になっている輩しかいなく誰も国のことや自分たちの身を自分で守ろう、国のために命を尽くそうなどと思っていません。

誰一人もです。

命を懸ける気はさらさらないです。あったらすでにこんな状態を招いたことの反省で誰か一人でも腹を切っているはずです。でも結局人のせいにして何かのせいにして自分は悪くない、あいつらが悪いと責任の擦り付けあい、とにかく見下ろし自分を高く見せたい人しかいません。

誰もこの国を良くしようなんて心から思っていません。表面上では思っていても心の奥深くのでところではきっと誰かがどうにかしてくれると、そんな楽観的な気分でしかいないでしょう。

私自身がこんなことを偉そうに言える人間ではありません。

私の方が政治開花のど外道で人間的にも腐っているように思います。

でもやっぱりたとえ実践できなくても人のために命を懸けるってことは尊いことだと思いますし、そういうことができたらいいなぁと思います。

多分小さい頃にそういったヒーローもののテレビとかを見ていたせいかそういった価値観がある種洗脳的にあるのかもしれません。

でも人の在り方としてその方が素晴らしいと思うのが私の価値観で、そういう風にできたらいいなぁと思うのは私の本音です。(多分根性なしだからできませんが)

今、本当にすごいくらい緊張感のある状況になっていると思います。

国際状況もそうですが、国の在り方、経済も含めアイデンティティ、文化、思想、価値観など、色々なところで崖っぷちの状況にあると思います。

でももしその中で何かできるとすればそれは人がどうこうとか人がどうにかしてくれるとかでなく自分自身の頭で考え行動することなんだと思います。

少なくとも政治家や知識人とか言われている人は何もしてくれません。

偉そうに自分は高見からまるで他人事のように講釈をたれるだけでしょう。

自分たちの日常、自分の人生、生き方を守れるのは最終的には自分自身しかいません。

助け合うことはとても大切です。

でも自分の身は自分が守るという大前提を見つめ直す必要があるなぁとつくづく思う今日この頃です。

2017-04-24 [イラスト]

偉そうなことを言うつもりもないし、自分自身の未熟さや根性なし、度胸無し等よく自覚しているので(自分で自覚しているというのもやはり少し違う感じもしますが)それでも社会に対してやはり疑問に思ったり、こんなんでいいのかと思うことがあったりします。

拉致問題の話が昨日話題になっていましたが、政治家は誰一人本気で解決する気はないのだと思います。

よく「対話と圧力」といいますがそれが解決不可能は方法だというのはもう何十年も前から分かっていることだと思います。

あの国には何を言っても通じないどころが足元見てもっとわがままを言ってくることなどよくわかっている事実です。

国防もそうなのですが、もし本当に、本気で守りたいのなら最悪のことを想定しそして事を為すしかないと思います。

戦うことを本当に放棄して解決できるわけがないと思います。

戦争が嫌なのは誰だって同じだと思います。少なくとも現代の日本に生まれ生きている人にとっては。

しかしそれは避けられない現実でもし本気で自分たちの平和を守りたいのなら戦うことも想定するべきだし、そういう態度が何かを守るきっかけにもなるのではないかと思います。

自分の命を失うことになっても守るべきものがあって、守る覚悟を持つ、もしそれができるのなら少なくとも拉致の解決が前進することができるのではないかと思いますが、そんな覚悟を持っている政治家は一人もいません。

対話と圧力というそれっぽい言葉を言っていれば自分は真剣に考えていると、そういうポーズをとっているにすぎないように見えます。

対話と圧力とは具体的に何をどうすることでどうやって解決することなのか?

今までさんざんやってきたことではないのでしょうか?


自分自身が本当に未熟なので、あまり社会のことだったり人のことだったり言いたくはありません。

ただあまりにも偽善や嘘、思考停止がはびこりすぎてたまにはこういった愚痴も描きたくなってしまった次第です。

いずれにしても変わる(変革というより、自身の信念を貫くために向上するという意味において)のは自分で人がどうこうとか人がもたらすものとかそういうのが大事なのではなく、自分自身の人の在り方が大切でその歩み方過程、経験こそが重要なのだと思います。

今自分にできることはと真剣に考えると1日1日を全力で生き考えぬくことしかないと思います。

自分を見失わず、慢心せず、思考停止せず、そういった態度で過ごせるよう戒めながら痛いと思います。

2017-04-07 [イラスト]

本当に大切なことの一つだと思うのですが、人がどうこうとかでなく自分自身が本当にどうありたいかっていうことがとても重要ではないかと思います。

それこそ誰もいない、誰の目にも当たらない、誰も見ていない、そんな状況でどういったふるまいをできるか?

それこそが自分の本性の一つであり本音の一つではないかと思います。

誰も見ていないところで、空き缶を見つけ、少し歩いたところにゴミ箱があることが分かっていて、もしそのような状況の中でその空き缶を捨てることができるかとか。

こんなことで人の本質が分かるとは思いませんが、少なくとも自分自身の本性の一端は見えてくるような気がします。

私は屑ですので・・・どうしようもないです。

当たり前の正義を貫くことは難しいですね。 


2017-03-22 [イラスト]

今の自分の技術がどうしようもないくらい未熟なのことは重々承知していまして、それでも今何とか仕事ができているわけですが、改めて今のままではダメだと感じております。

もっと自信の生活を安定したいのであれば、確固たる技術が必要となります。

やはりまだまだ危機感が足りず、自身に甘えがあったように思います。

それをどこまで戒め、克服できるかはわかりませんが、今まで以上にもっと気を引き締めそれこそ本当に自分の人生と命を懸け取り組んでいかなければならないと思います。

もっといろいろなことに挑戦、そして気づいたことや疑問は常にメモ、そしてメモして終わるのではなくそれを自分の中に取り入れ咀嚼し、向上に役立てるようにしていきたいです。

自分の在り方に常に疑問を持って自分の向上に努めていきたいです。


2017-03-18 [イラスト]

攻殻機動隊ARISEの劇場版を拝見しました。

私はかなり昔から攻殻機動隊のファンで世界観が面白くて、ストーリーも社会派な印象で とても興味深く、また絵がとにかくかっこよく、初めは絵が好きだからという胃ことで見ていたように思います。

独自に職務を執行する公安9課、そのアウトローで犯罪を断罪する姿と、様々な工作や策略それらを駆使し、職務を完遂するとことがとても痛快です。

ただ年を取るにつれ思うようになるのが正義って何?正しいことって何ということです。

何が正しくて何が正しくない、間違っているのか?

正しいと判断するのは、価値観でその価値観を決めるのはその人の常識で道徳です。

じゃあ常識や道徳はどこから来るのかといえば、社会であり、その積み重ねてきた歴史、文化だと思います。

それはどの人間共通の価値観もあれば、国によって、場所によって、歴史の歩みによって違うものもあると思います。

だからどうしても国というものを軽視したり、文化や歴史を軽んじたり、自分たちで何でもできる、作れると思っていたり、簡単にぶっ壊したり、革命とか考えたり、そういったものの考え方をしたキャラを見ると浅く感じてしまいます。

そもそも人は子供のころから人間としての教育を受けてこなければ言語もしゃべれない、動物のような存在になってしまいます。

自分一人で言葉など理解できるわけもなく、考えるということすらできない存在です。

人々の作り出した文化、その歴史によって、言葉が成立し、何が正しいとか間違っているとか常識が生まれ共有される価値観が生まれてくるのだと思います。

だから主人公の草薙素子の正義がどこから来るのか?

どうにも個人主義で国家感や連帯感、ましてや痛覚というような人が人タラ占める感覚、人を思いやる気持ちが出るような感覚などが鈍化しているひとの正義感が果たして正しいものなのか?

そういった疑問を持ってしまいました。

ジョジョの荒木先生の自著で書かれていて大変共感したところは主人公は誰もが共感できるような正義感を持ち合わせていなければ王道とは言えないと述べられていたところなのですが、それがたとえ残忍な方法、行動であったとしても共感できるような心情や価値観からくるものであれば、それは魅力的に映ると思います。

ただどうしても個人の利益だったり欲望だったり、そういったものが見え隠れしてしまうと、本能的に浅く引いたものになってしまうのではないかと思います。

アニメ漫画の話だけではなく、やはり自分のことだけ、自分の欲望や利益のことだけしか考えないことはどこかあさましく、つまらない人間、物の考え方ではないかと思います。

文化を大切にし、歴史を重んじ、その歴史を作ってきた国を大切に思う、

当たり前のことだと思うのですが、たぶん現代ではそれは古臭いとか、危ないやつとか気持ち悪いとかそういう風に思われてしまうような気がします。

個人の欲望を満たすため、ひたすら人を蔑み、陥れ、自分権利を訴え人の好意をあだで返す、ひたすら自分のことばかり。個人の自由、平等、権利。

対になることがあって初めてそれらに価値が生まれるのにただひたすら楽な方に楽な方に、そんな社会や国は遠くない未来には滅んでしまうのではないかと思います。

難しい話だけでなく、単純に誰かのために何かをする、そういった姿に人は感動するのではないかと思います。

だから何となく私は昔からバトーさんが好きでした。変な感想で絞めてしまい申し訳ございません。 


2017-03-04 [イラスト]

足の引っ張り合い、ルサンチマン、嫉妬、蔑み、欺瞞に満ちた優越感。

そんなことで充足感を得て、自分のことを見つめることもせず、他人よりもましだとか、あいつは馬鹿だとか、そんな優越感とそれで得られる安心感

そればかりがあふれているように感じます。

批判が悪いわけではありません。

互いが互いにそれで高めあうことができるのであればそれはすごく大切なことだと思います。

ましてや失敗から学ぶことは大いにあると思いますし、失敗して初めて得られるようなことがとても大切だったりします。

むしろ成功は過去の人が何度も積み重ねたからこそ成功タラ占めているわけでその人ひとりで作り上げたものではないと思います。

しかし、失敗を悪いことだと決めつけ、自分を高いところに位置付け見下ろし、あざけるような態度を見せる。

何度も申し上げますが、批判は悪いことではありません。

その批判を他人事とせず、自分自身にも戒めとし、且つ他人を高めるアドバイスとするのであればそれはすごく社会のために、人のため、自分のためになることだと思います。

変な優越感で自分を安心させるよりも決して他人事とせず、自分に真摯に向き合う姿勢が人としての立派な歩みだと思うのです。多分同意はいただけないと思っておりますが。

 


2017-02-12 [イラスト]

現実に起こっていることは確かにそれが事実であり、それ全てが真実かどうかは難しいかもしれませんが、現実の中に真実があるのだと思います。

しかしそれをどう感じるかはすべて自分次第というか自分の価値観なのだと思います。

人によっては自分が正しいと思っていることに不快に感じることもあるでしょう。

そういったこと現実に起こったことをどう解釈して、どう判断するかはやはり個々人の価値観によるものだと思います。

だから社会という中で価値観を磨きながらも人は人自分は自分で、他人の意見をそのまま無責任にさも自分の意見のようにするのではなく、自分自身の中でしっかりと咀嚼し、そして自分で責任を持ち、結論というか、解釈をすることがとても大切だと思います。

社会がそういう風潮だからとか、それが常識だとか、そういった空気のなかで思考停止して意見を述べる、判断するのではなく、自分自身でそのことについてあらゆる角度から考え、何が本当に正しいのかはわかることなんてないかもしれませんが、自分自身でしっかりと考え結論を出すことが自分自身の成長につながるのではないかと思います。

凄く抽象的で大変恐縮なのですが、なぜこのようなことを申し上げたかと言いますと、ニュースとか見ていてもういつ日本がどうしようもなくなってしまうかわからないなという絶望感がどんどん大きくなっているからです。

多分たとえ政権が変わろうが政治家が変わろうがもしその人がそういう立場になったらそういった絶望的なふるまいをするのだろうとつくづく思うようになりました。

たとえどんな正しいことを言っていても、ある重要な立場になったらその時の意見なんかコロッと忘れてみな同じ振る舞いをするのだろうとそういう風に思っております。

だからどんなに頑張ろうが人は人というか、その人を変えるとかそんなのは無意味で変わるのは自分であって、人を変えるなんてまるっきり意味がないのだと思います。

だからこそ自分自身の価値かをひたすら磨き、自分が死ぬ間際に振り返り、後悔しない、自分自身を誇れるようなそういった価値観、生き方をすることが何よりも大切なのではないかと思います。

人は人、自分は自分です。

正直私自身全く余裕もなく、社会についてなかなか知る機会もなくだからこそ目に入ってくるのはクソみたい亡国まっしぐらのニュースばかりで誰かのせいにすれば自分の正当性が担保でき、自分の地位が高まっていると勘違いしているような人が偉そうにコメントをたれている醜い人ばかりで、どうしようもないなぁと感じております。

しかしそれすら本当はどうでもよく、色々なものに目を向けつつも、大切なのは自分自身がその中何を見てでどう生きていくかということなんだと思います。

何が正しいかというのは本当に難しくわからないものですが、人として正しいであろうことをただひたむきに突き進んでいきたいです。