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2017-09-24 [イラスト]

久しぶりに柴山圭太先生と中野剛志さんの対談がアップロードされておりましたので紹介させていただきます。



出だしから中野さんのブラックジョークから始まりました。

スマホを見ると脳科学的な研究でばかになると言われているというのをスマホを読みながら学習したということが一番最初の出だしでおっしゃられ、相変わらずだなぁと笑ってしまいました。(TVも同様みたいです)

ただこのお話は私も共感するところがあって、例えば絵を描いているとき本当は無音でやっているときが一番集中できているというのは実感としてあります。

しかし時代は流れ時の流れで色々な新しいものが出たり新しい話題が出たり、音楽やアニメが作られたり、ゲームが作られたりでそういったものから取り残されるそわそわ感や、一時的にテンションを上げ落ちた集中力を無理やり上げようとしたり、空腹をごまかしたり、眠気を抑えようとするために、何らかの正当性っぽい理由をこじつけて動画をつけたり音楽を流していたりします。

でもやはりその中でやっている作業はどこか勢いにまかせ集中しきれていないなぁと感じております。

人それぞれではあると思いますが。

まあそんなことを皮切りにお話が進んでまいりますが、おおよそ根本的なことのお話は昔おっしゃられていると変わらず、その議題が違うだけという感じでした。

どうやってそれを見るのか、解釈するのかという視点はやはり素晴らしいなぁと思いつつもぶれないところがすごいとも思いました。

そんな中で過去の何かの動画で中野さんのおっしゃっていた、いいお話がどうしても思い起こされてしまいます。

「今年のいいところは来年よりは良いということです」てきなことを過去におっしゃられておりましたがまさにその通りのことが現実として起きていてまあその時もすぐにそれを理解はできておりましたが、改めてそうだなぁと感じました。

もちろん個別には素晴らしいこと、感動すること、感動したことなど良い側面もありましたが、取り返しがつかないくらいまずい事態に陥っている、さらにそれが加速しているという実感が大きく、どうあってもこの流れは地にでも落ちないくらい変わらないのだろうと思っております。


もう一つ思ったことは最後の方で学ぶということについてで、学ぶということは自分の知らないことたとえそれば自分にとって都合の悪いものでもそういったものに出会った時の態度にあると述べられておりました。

学ぶというのはそういった事態に対して面白いと思ったり、それを知ろうと努めたり、学ばないというのは人の意見をかたくなに拒み、自分の都合の良いようなものに常に固執し、それと違うものを受け入れない姿勢であるというようなことを述べられていたと思います。(かなり自己解釈的で恐縮ですが)

だから例えばTPPのお話でも中野さんや柴山さんが入ってはまずいと言われても「じゃあどうすればいいんだ」ということを聞き返してくるのだと思います。

論点がずれていてはいるのがまずいと言っているのだから入らないというのが処方箋であるにもかかわらず、それが受け入れられないがため、そうやって無理やり自分の都合の良い回答を探ろうある意味自分を落ち着かせたいためにそういった答えを効いてくるのだと思います。

もちろん入らないということは現状が変わらないということだからその人にとっては自分の望んだ答えにはなっていないのでそういったことを聞きたくなるのも理解できます。

でも糖尿病の人に甘いものやお酒を控え、運動をしてくださいと言っているようなものであって、要はそういうことなんだと思います。

でもその人は結局おいしいものをたらふく食べ、ぐうたらな生活をしながら病気を治したいというある種ものすごい自分にとって都合のいい解決方法を求めていると、そういう解釈に近いように感じました。

学ぶ姿勢というのは何か大切な変わらないものを守るために、変わり続けることではないかと言葉だけだと矛盾しているようなことなんだと私は思います。

まあでも中野さんや柴山さんがずっと前から注意、警告してきたことをやり続けた結果が自体がますます悪化している現実をみれば今後はますますひどいことになっていくのだろうなとさらに重たい気持ちと覚悟を改め持たなければならないとつくづく思いました。

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2017-09-16 [イラスト]

ワンパンマンの無免ライダー

自分の実力の限界もわかっていて、自分じゃ勝てないと理解していてもそれでも立ち向かう。

自分がもしかしたら死んでしまうかもしれないけれど、それでもその場から逃げ出してしまったら自分が自分を許せない。

誰かのために、自分自身の誇りのために命を懸けることができる。

ジョジョのツェペリをはじめ自分の誇りと信念にかけ、それが何か利益をもたらすわけでもないのに他人のために命を懸け、他人を思い勇気をもって困難に立ち向かうことができるまさに黄金の精神。

それこそが本当にカッコよくあこがれ、涙が出てしまうようなそんな理想的な人の在り方であり、誇り高い人の生き方だと思います。

しかし私たち日本人、もちろん私も含め日本国はワンパンマンで金属バットにボディーガードをさせた幹部職員、金で何でも解決できる、常識のない、ゴミみたいな人間に成り下がってしまったと思います。もしかしたら元からそうだったのかもしれませんが。

守るために戦うことを捨て、その在り方を徹底的に否定し、ひたすら利益追求型のビジネス理論に染まっているのがわが国です。

情けなくて本当に情けなくてしょうがないです。恥ずかしくて。

自分の国を自分自身の力で命がけで守ることに共感していただける方なんて日本人の1%もいないと思います。

金で人に守らせて、実際守れなかったらまるで他人事のようにけなし、批判し、自分自身の責任を放棄する。

その程度のゴミが私たちの日本国です。

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2017-09-07 [イラスト]

時間がないので短めで

サクラクエストを毎週欠かさず見ております。

今日の放送を見てすごく前から思っていたことではありますが改めて考えさせられることがありました。

間野山観光協会がどうありたいのか?

これは自分にも置き換えていえることだと思いました。

本当は自分がどうありたいのか?

少なくとも私は最近すっかりはまっているジョジョの承太郎やそれこそ康一君のような誇り高い黄金の精神にあこがれそうなれればいいなとおもっております。現実はゴミ屑ですが。

しかしまあそんなに簡単になれるわけではなくだからこそ毎日一生懸命精進して鍛えぬかねばならないことだと思います。

大きく見て日本はどういう国であってほしいかといえばそれこそやはりサムライというか誇り高い仁義に厚いそういった国であってほしいと思っております。

しかし北朝鮮のミサイル問題を見ればわかる通りへなちょこで人に守ってもらうこと前提の情けない国です。

自主防衛、軍事ということに向き合うことすらできません。

人頼み何でもかんでも他人のせいそういった国がわが国です。

北朝鮮に対話と圧力なんて無駄です。

現実にそうしてきた経緯があるのだから。

であれば対抗できる装置はやはり日本という国自体がそういった蛮行をしてしまうと自国の脅威になってしまうと思わせるくらい強くなくてはならないと思います。

対話なんてできるわけありません。

であれば拉致被害者の奪還も対話だけでは無理です。

ある程度強行的なことをしなければ絶対に解決できません。

でもそれは絶対しません。

今の日本はジョジョにあるような黄金の精神に対して関心がありません。

あるのは個人の利益ビジネスの理論だけです。

自分さえよければそれでいい会社がどうなろうと利益だけ上げてればそれでいい。

会社で働いている人がどうなってもいい、給料を下げてでも利益を出して株主などの人たちに高配当を出せばそれでいい。

その会社が社会のためになるような素晴らしい商品やサービスを生み出すとかそんなことどうでもよくて利益を上げればよい商品で素晴らしいサービスなんだととにかく利益利益。

個人のことだけで他人なんてどうでもよい。

そういった道を突き進もうとしているのがわが国なんだと思います。

偉そうなこと言っておりますが、情けない話自分も絶対そうなっていると思います。

ここで批判だけしていてもまさに無責任、自分のことしか考えられない奴の遠吠えみたいに虚しいことでしかありません。

だからせめて言葉だけでなく毎日一生懸命生きて黄金の精神に近づけるよう一生懸命精進していきます。

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